2014年03月17日

mixiの持っていた希望

個人サイト・ブログ界隈が凋落し、twitterやfacebookといったSNSが隆盛を誇っている、この認識は疑いようのない事実だと思いますが。

神原さんのようなテキストサイト気質(笑)の古い人間にしてみれば、twitterはメインにするには文字数少なすぎるし、facebookは基本実名という時点でありえないし、という感じで物足りなさを感じてしまうんですよね。twitterはサブとするにはちょうどいいと思いますけど。
NEVER?アメピグ?そうですね(笑)


で、そういう意味で言うとmixiは本当にベースとするには申し分のない環境だったんだなぁと改めて思ったんですよね。


だって日記も(フォントは弄れないにしても)ブログと同じ感覚で書けて、ハンドルネームでもそれほど浮くわけでもなく、コミュニティやマイミクなどSNSの機能もあるわけじゃないですか。最強かよ。
そして何よりmixiニュースをネタ元に文章が書けるっていうのは書く側からしたらとてつもなく便利なんですよね。ネタが勝手に飛び込んでくるわけですから。

まぁもうちょっとマイページ他のカスタマイズ性が高ければもう言うことはないんですが、少なくとも他のSNSよりは格段に良い環境であることは確かだと思います。
ここら辺は日本発のSNSっていうことで日本独特のネットの匿名性とかブログ文化とかそういう部分に気を使ってたんでしょうね。
凋落の決定的な引き金になったと言われているあしあと機能の廃止も、個人的には正負両面があったと思います。どちらがいいとも言えん。


そういうわけで、mixiが一時期の大流行から、急速に廃れていったというのは、日本のネット文化の保存という意味でも、もったいないことだったんだなぁと今になってみると感じます。
有名ブロガー・管理人がmixiにベースを移すなんていうのも珍しい話ではなかったですし、サイト⇒ブログ⇒mixiの世代交代がうまくいっていれば、今とは違った形のネット文化が花開いていたのかもしれません。


まぁこんなのは時代に取り残されて今の環境に適応できずにいる老害のたわごとにすぎないんですけどね。環境を変えるより自分が変わるほうが簡単とはよく言ったもので。
mixiへの移住が成功していたとしても、結局文章主体の日記書きが、コンテンツとしての輝きを保てたか、というとたぶんその衰退は避けられなかったでしょうしね。
結末としてはそんなに変わらないかもしれないです。


個人的に不可能だと思ってたイラストサイト界隈のSNSも、pixivを筆頭に大量に出現しましたしね。時代の流れは濁流のごとくですよマジで。
TINAMIも最初はReadMeみたいなリンク集だったんですよ。懐かしいです。


さしあたって生配信でも始めてみよかしら。
せっかくwebカメラも買ったことだし。



kannbaramotono at 10:27│Comments(0)TrackBack(0) まじめ 

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